千葉県の近代産業遺跡

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  愛国学園正門(旧陸軍野戦重砲兵第四連隊正門)1
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愛国学園正門(旧陸軍野戦重砲兵第四連隊正門)
四街道市四街道1532
RC
建築年 大正11年
設計者
施工者

四街道は明治以来、陸軍の部隊が数多く駐留したところです。
明治19年の陸軍砲兵射的学校(→陸軍野戦砲兵射撃学校→陸軍野戦砲兵学校) をはじめ、その後、陸軍野戦重砲兵第四連隊、陸軍航空学校下志津分校(→下志津陸軍飛行学校)、歩兵第二〇三連隊、速射砲隊、騎兵連隊、工兵連隊などが 置かれました。また、千葉市にあった鉄道連隊の演習線も延びていました。
現在では、そのほとんどは住宅地や学校に変わっていますが、飛行学校の跡地は陸上自衛隊下志津駐屯地になっています。
さて、陸軍野戦重砲兵第四連隊ですが、この連隊は大正11年に広島から移転してきた部隊で、近衛師団に属していました。近衛師団は、皇居を 防衛する専門の師団で、近衛兵になることは大変名誉なことでした。しかし、戦局が悪化すると満州、その後、南方へ移動し、1300名余りが戦死しました。 当時の敷地は、大部分が愛国学園と千葉敬愛高校の敷地になっています。また、正門から北へ600mの地点には裏門の門柱が残っています。
愛国学園正門(旧陸軍野戦重砲兵第四連隊正門)2
旧正門
旧陸軍野戦重砲兵第四連隊裏門
旧裏門